2015年10月10日土曜日

プロフェッショナル研究

今期から「プロフェッショナル研究」なる授業を受け持った。
約80名が履修する就職支援の座学である。

映画や映像領域の仕事を志す者たちの半分以上は映画監督や撮影技術の仕事を目指して入学して来る。だが、その夢への到達は想像以上に険しい茨の道だ。

そんな彼らをフリーランスの助監督やフリーのアシスタントカメラマンではなく、企業に就社させる事が我々教育者側に与えられた任務の一つでもある。

矛盾を感じる。
映画が好きで、監督やカメラマンあるいは俳優を志す若きエースの将来を嘱望しながら、その一方で志を曲げ一会社員として働けと尻を叩く。
技術と知識をこれでもかと詰め込み、その才能の開花を待たずして彼らを就社し働く事こそが正しい道だと洗脳していく。

しかし見方を変えれば、映画を学ぶ誰もが映画監督や撮影カメラマンとして大成するわけではない。
ほんの一人握りの人間、技術や知識を兼ね備えたわずかな人間だけがその予備軍としてフリーランスで仕事を繋げられるのが現実だ。

学べば学ぶほど才能(感性)や力の差は歴然と出て来る。
誰かより劣る者たちは、企業の中で守られていくしかないのだ。

俳優にしたってそうだ。
誰もが主役を勝ち取れるわけではない。
演技力と容姿を兼ね備えた者たちだけが主役として選ばれるなら、どちらか欠ける者は脇役や個性派として生きるしかないわけだ。
そこには「絶対優位」という言葉が成り立つ。

「絶対優位」とは、比較すれば優劣が付けられるというものだ。
誰かより背が低い。誰かより感性が鈍い。誰かよりプレゼンテーション力が弱い。
そこには必ず個人差が引っ付いてくる。
その「絶対優位」に劣等感を抱く者は、社会(企業)に属すしかないのである。

この理屈を分かりやすく解く経済原理がある。
「比較優位」と言うものだ。

優秀な才能に恵まれたAさんという人がいる。
Aさんは、1日に『企画』を4つ上げるか、『商談』を二つまとめる事ができる。
Bさんは、1日に『企画』を一つ、あるいは『商談』を一つまとめる事ができた。
そんな二人が手を組み、金儲けを考えた。

Aさんは一日で『企画』を4つ上げ、Bさんは四日間かけて『商談』を4つまとめた。
Bさんは、Aさんと成果物を交換した。


Bさんの成果物は『商談』から『企画』になっただけで出来高は変わらない。
だが、Aさんの一日の成果物は、『商談』が4つになり、通常より二つも増えた。

Aさんは、二日目の成果物をCさんと交換する。
三日目をDさんと、四日目をEさんと。

Aさんは四日で商談が八つも増えたわけである。
仮に一つの商談の利益が百万だとすれば、いつもより八百万の利益をプラスしたことになる。

それが叶ったのは、Bさん、Cさん、Dさん、Eさんが居たからだ。
彼ら4人はその利益を分配し、さらに仕事に邁進した。

何が言いたいか。
「絶対優位」に劣等感を持つ者だって勝つ事ができるのだ。
これが企業で働く意味である…。























2015年8月30日日曜日

リノベーションⅡ

浴室のドアを変えた。
ミリ単位で発注し、取り付ける。

踏み台は檜を使用。


2015年8月27日木曜日

夢で海に出かけた。

絶好の釣り場を探して浅瀬を進んでいくと、気づけば元の場所が分からぬほど遠くに来てしまっている。

しかも、浅瀬には小さなシャチがウヨウヨしだした。
「まずいな」と考えて、なぜかそこにある廃屋のような建物に上がり辺りを見渡せば、なんと海の孤島にたった一人で、しかもいつの間にか潮が満ちていてみるみるうちに水嵩が上がってくる。

「これはやばい」と階段を駆け上がり、屋上から助けはないかと見渡すと遠くに恐竜までがいて近づいてくる。

誰もいない廃屋の屋上で、人生おわった…と真っ白になったところで目が覚めた。




2015年8月17日月曜日

海士町へ再び



3泊4日の隠岐の島 海士町プロジェクトに参加した。
学生たちはもっと前から来ていたから10日近くのプロジェクトである。

海士町は本当に素敵な場所だ。
自然も豊富で気候も過ごしやすく、何より人の温かさがある。

「カミハテ商店」の撮影準備で何度も通い、前回は数年前の完成上映会で行ったっきりだった。

東京の様に街並みが変わる事はない。
コンビニなんてないかわりに商店が朝早くから遅くまで開いている。
八百屋や魚屋がないかわりにその日獲れたての食材が商店に並ぶ。

ここに居ると健康を感じる事が出来るのだ。

プロジェクト最終日、BBQをすると言うと、青年部の漁師さんたちがサザエやアワビ、アコウなんて高級魚を持ってきてくれた。

近い将来、また来ようと思う。
帰り際、常にそう思わされる島である…。



2015年8月15日土曜日

七回忌

いくつか難題を抱えている。
でも、ちっぽけなもので十月には全て片付いているはずだ。

それでというわけではないがお盆には帰らない事にした。

悩み事や慌ただしいと感じるのは生きてる証だ。

今までも時が過ぎれば辛い事も思い出に変わっている。

もっとも面倒なのは人間関係で、それもいつか望むように変わっていく。

人生は思うようになっていく。
働くのが嫌だと思っていると職を失い、生活の安定を求めれば仕事が変わる。

何かを諦めれば、楽になる代わりに生き甲斐も失い、有頂天になればいつかまた誰かと自分を比較してしまう。

でも、幸せを感じていると幸せな人が寄ってきて、また新たな希望が生まれ始める。

人生とは自分を飽きさせない事の連続だ。

だが、死を迎える時だけはちょっと違うような気がする。
所謂不幸との対決だ。

四六時中、死についてだけを考えて、今までの不幸がちっぽけだった事に気付くのだろう。

だから、とにかく毎日を一生懸命生きる事にした。

母親たちの死を悲しんだあの年から…。


2015年8月14日金曜日

リノベーション


あと数年暮らすつもりで京都の新居をリノベーション。

腐った根太を変え、コンパネ板を張り替え、桜材のフローリングを発注した。

水道管と電気工事も自分でやろうとしていたら、妻にそれはやめてと止められた。

しかし、夏休みの工作をこの歳でやるとは思わなかった。
毎日が楽しい。


2015年7月20日月曜日

同窓会

映画学科の第一回同窓会が行われた。
一期生から五期生までが集まり、素晴らしい宴だった。

楽しくて楽しくて、でも一つだけ心の痛くなる報告に、後半は酒の酔いも混じってか、壊れかけた。


「私、病気だから。死ぬかもしれないから、先生大事にしてね」

僕らは若者の活躍とこれからに期待して、厳しく育て送り出す。

でも生きてなきゃダメだ。

僕らより長生きしなきゃダメだ。

これからの未来に期待し続けなければダメだ。

こんなことを公に書き残すことも躊躇ったが、忘れないために書くことにした。



2015年7月18日土曜日

命日

ずっと貧乏で、
今も変わりはせんけど、

芳雄さんの弟子になってから、
ことあるごとに遊びに行って、
いつもうまい飯を食べさせてもらってた。

明日の命日には、またお礼を言いに行きますね…。